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今日は入れ替わり立ち代わりいろいろな学生と面談しました。学生の将来ビジョンなども含めてかなり深い話が出来ました。経済的な問題についても話しました。勉強したくても学費や生活費をバイトで稼ぎ出さないといけないので、勉強する時間が確保できない学生が多いようです。日本の大学生は勉強しないという報道がありますが、勉強したくてもできない学生もかなりの割合でいるようです。そこをレスキューするような制度がもっと必要だと思います。成績の良い学生が経済的に苦しくて、バイトに忙殺されて大学にも来れないような状況が、今の日本の大学では普通に起こりうるということです。国立大学といえども年間60万円弱の学費を納入しないといけないわけですから、学生自ら生活費と学費を稼ぎだすのはなかなか大変なことでしょう。
震災でやられたガスクロ3台がようやく更新できて動き出しました。今まで6階の管理人のラボに設置していましたが、震災でガスクロ本体からガスボンベから何から何まで倒壊しましたので、今回は1階に設置してもらいました。1階の部屋の管理人HM先生のご理解あってのことです。このガスクロは学部内で共同利用機器にしますので、利用希望者は管理人に問い合わせください。CO2、メタン、有機酸など分析できます。是非ご活用ください。
分子生物学研究もひさびさに再開しようと思います。しばらく行動解析や組織化学、ウエスタンが中心でしたが、ひさびさに初心にもどって脳のRNA抽出から始めます。震災でやられた実験機器はほとんど更新できましたが、かなりの試薬や消耗品が散逸してしまっていることに気が付きました。一から揃えるには相当の予算が必要ですが、震災直後は2度とこのラボでは実験できないと思っていたので、また実験できることを素直に喜びたいと思います。ありがたい。大阪バイオ研についてのニュースを見ると研究を続けられることのありがたみをいっそう感じます。 【参考】 ”NATURE NEWS BLOG Osaka Bioscience Institute fights for survival” (22 May 2012) http://blogs.nature.com/news/2012/05/osaka-bioscience-institute-fights-for-survival.html?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter&utm_campaign=Feed%3A+news%2Frss%2Fnewsblog+%28News+Blog+-+Blog+Posts%29 講義担当している「生化学」の小テストをやりました。1問目で細胞内小器官を4つ選んで説明してもらい、2問目はDNA複製、3問目はセントラルドグマを説明してもらいました。教科書、ノート持ち込み可で記述式ですが、学生間でかなりの差が出ます。モチベーションがそのまま解答に表れるようで点数を付けると非常に多くのことを物語ります。この生化学を受講するのが何度目かのX君は、今までは凄まじい出来の答案でした。今日は見違えるような答案を作って来ました。顔つきも違いますから、きっと変化があったことでしょう。不出来な答案に中途半端に単位を出して社会に放り出すよりも、この変化を期待して待つ事も教員のだいじな仕事のような気がしています。その積み重ねが大学の評価になるのでしょう。
午後は動物系2年生の学生実験でしたが、レポートの書き方を教えるという内容でした。レポートと学術論文の構成を説明しました。実地訓練で学術論文を読んでもらいました。材料にしたのは管理人のラボで出した論文ですので、英文が難しいということはないですが、単語は初見で手こずったかもしれませんね。卒論ではこのくらいの実験をしてもらいますと言うと、学生が引いていく感じが伝わって面白かったですが。2年生の今のうちから手こずっておくと4年生になってから論文を読むのがかなり楽になるはずです。4年生で論文をたくさん読んでいる学生の卒論はかなり質の良い物になることが多いです。実験以外の時間は常に廊下のソファーで寝転んで論文を読んでいた学生がいましたが、あっという間に内定をいくつも取ってきたことを思い出します。 先日、管理人が高校一年の時にお世話になった担任のAM先生をお迎えして恵比寿で同窓会をしました。北海道や秋田からの参加者も含めて30名集まりました。このクラスはとても居心地が良くて、小学校から大学まで在籍したいろいろなクラスの中でもとびきり印象深いクラスです。もちろん生徒の仲が良くまとまっていたということもありますが、AM先生のキャラクターが生徒とうまく調和したということではないかと思っています。27年前ですから記憶も曖昧になっているのですが、AM先生の初めての担任クラスだったと思います。当時30そこそこだったと思いますが、前向きで元気の良い先生でした。今ではありえないでしょうが、体育祭などイベントの後に、「これで打ち上げしてきなさい」とカンパするような先生でした。そのままゾロゾロと渋谷に繰り出したものです。クラス一同、説教を喰らうこともありました。「私は女として生きていくためには学問で勝負するしかないと思って大学院に行った」というようなことで説教された記憶があるのですが、中学までの女性教師との違いに唖然とした記憶があります。凄まじい気合でした。
久しぶりにAM先生とお話して、改めて先生から影響をたくさん受けていると実感しています。AM先生の専門は日本史ですが、管理人は授業を聞いたことが一度もないのですね。そうであっても影響を受けているということですから、教育の意味を考えます。管理人が研究者として生きていこうと考えるようになったのも、AM先生との何気ない会話が影響しています。たぶん、「説教」も効いています。あな恐ろしやです。
大阪バイオサイエンス研究所(OBI)の大阪市からの支援が毎年25%削減され、平成27年度には支援を取りやめるという結論が大阪市の市政改革本部で決定されたとのことです。現在は年間6億円の支援をしているということですが、今後は自律的経営を求められることになります。
OBIは管理人が大学院生の頃に1年ほどお世話になりました。研究所としては非常に恵まれた環境でした。当時は長田重一先生が在籍していて、アポトーシスの分子生物学の興隆を目の当たりにしたものでした。早石先生や花房先生が普通に所内を歩いておられるのも不思議な感じでした。まあ、大学院生にしてみれば夢の様な環境だったと言えます。OBIにいたのは20年ほど前ですが、この20年間の業績は凄まじいものです。あの小さな研究所でよくもまあこれだけの業績を出せるものだと思っていました。 大阪市長が変わってからいろいろありますね。科学研究の価値を評価できない人が首長になると、どんな画期的な研究成果を出していてもこのような扱いを受けるということです。あの「事業仕分け」が蘇りますが、OBIほどの研究所であれば欲しがる大学はいくらでもありそうです。うちのような地方大学にOBIみたいな研究所があったら、とても刺激になります。ある役所の勉強会で各地方大学にミニ理研を作ろうという案を議論したことがありますが、地方大学での研究の活性化のためには、それぞれの大学に小さくても良いからトップレベルの拠点が欲しいものです。 週明けは学長選挙です。不勉強で選挙戦の論点がよくわかりませんが、「地方は地方なりに」みたいな機能別分化路線はもう飽きました。地方であっても研究機能の強化という議論がもっと必要だと思うのですが、あまり聞こえてきません。 【参考】 「OBIパブコメについてのtogetter」 http://togetter.com/li/303821 「OBIホームページ」 http://www.obi.or.jp/ 大学生が勉強しないので、勉強させるように大学が工夫しろと中央教育審議会で議論されているようです。今の大学生が特に勉強しないのか、もともと日本の大学生は勉強しないのか分かりません。バブル絶頂の頃の大学生はよく勉強していたのでしょうか?企業も「大学では何も教えないで良い、会社で一から教える」ということで、大学で変な色に染まらないことを希望していた時代だったと思います。それが今では、「とんがった人材が欲しい」などという要望が企業から出てくるのですね。教育が「とんがった人材」を押しつぶしているのだとか。えらい言われようですね。一方、企業が求める人材として、「協調性のある人材」や「バランス感覚にすぐれた人材」が上位だったりします。企業からすると、「とんがった人材」で「協調性のあるバランス感覚にすぐれた人材」が良いのでしょう。難しい要求です。
日本が勉強することにメリットのある社会だったら、学生もどんどん勉強するでしょうね。とんがったほうが社会的評価が高ければ、どんどんとんがるでしょう。実態はどうですか?大学時代に必死に勉強して、研究して、とんがって博士号をとった挙句、どんな人生が待っているかご存知でしょうか? 【参考】 NHK解説員室 時論公論 「大学教育改革 黎明期に学べ」 (2012年05月14日 (月)) http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/120380.html 「企業側からは「とんがった人材を送り込んでほしいのに教育が押しつぶしている」といった厳しい意見が出されました。」 ブログ管理人の誕生日でした。43歳になりました。27歳で茨城大に来ましたので、まるまる15年経ったことになります。定年退職まであと22年ですか。残された時間は少ないなという感じです。まともに研究出来るラボに整備するまでの時間がかかりすぎたという感想です。PIになって船出しようと思ったときに震災に遭遇したということもあります。いろいろと紆余曲折があって必ずしも合格点を貰えるような15年間ではなかったと思います。論文ももっと書けたと思います。捨てたデータはたくさんありますし、教育上の反省点もたくさんあります。ラボ運営の難しさを肌で感じたこともあります。
15年前、27歳で助手になったときは、これでリサーチャーとしての人生は終わったと思ったものでした。ところがどっこい、この15年間で地方でもやれることがだんだんわかってきたということもあります。むしろ地方にこそチャンスがあるのではと思えるようになりました。 あまり萎縮せずに伸び伸びと学生と対峙してやっていこうと思います。大学改革や学部改革もあまり肩肘張らずに教職員や学生との議論を深めることで乗りきれるのではないかと思っています。前向きにいきたいものです。議論の場がまずは必要でしょう。次世代を育むのは我々だというプライドは常に持ち続けることは必要です。 2年生向けの実習で実験ノートの大切さについて講義しました。実際にはまだ研究室で実験したことがない学生たちですから、ピンとこなかったかもしれません。昨年度も同様の講義をしましたが、その後、しっかりした実験ノートを作成している学生がほとんどいませんでしたから、メッセージはほとんど届いていないでしょう。2年生に特許のことなど話しても、遠い世界のことのように感じるのかもしれません。そうは思わない少数の学生へのメッセージで良いのかもしれませんが。研究室に配属されてからが実質的な訓練の場になるということだと思います。
考えてみると管理人が学生時代には実験ノートの作り方など習ったことがありませんでした。先輩のノートを参考にしてトライアルアンドエラーでまともな実験ノートが作れるようになったというのが正直なところです。最近は、実験ノートのマニュアル本があって、良い時代になりました。本だけではなくて、びっくりするようなコンテンツが無料で提供されていますからね。今日は下記のサイトに驚きました。これは実験ノートには関係ないコンテンツですが、驚くべき「講義」です。大学の講義の位置づけはどうなるでしょう。対話型の「白熱教室」がいいのでしょうかね。ただ、学部生にはきついかなという気がしています。議論できるレベルに引っ張りあげることが先でしょう。これは地味な作業ですが、家造りでいえば基礎を作るようなものです。基礎づくりの大切さに早い段階で気がついた学生というのは研究室でもとても伸びます。逆も然りです。 【参考】 「E. O. Wilson Biodiversity Foundation」 http://eowilson.org/
卒論生の研究経費がうん千円とブログに書いたら、卒業研究は文科省に強制されているわけではないとコメントされました。むしろ、研究することが必須の大学院生に分担される研究経費が少なすぎることが問題とのご指摘でした。管理人の研究室には博士課程と修士課程の大学院生がそれぞれ一名いますが、この二名に大学からくる研究経費だけでは足りません。ドクターコースといえども、毎年せいぜい数十万円ですから。競争的な外部資金をとってはじめて大学院生の研究が成り立つと言っても良いでしょう。院生にしても良い就職のためには論文数やIFなどを要求されるわけですから、ますます外部資金が必要です。小さい論文でお茶を濁して学位を授与することはありえるでしょうがPIとしてそれでいいかどうか。少額予算で画期的な研究をすればよいではないかと言われることもありますが、それが簡単ではないことは研究者をやったことがある人であればわかるでしょう。
「数十万円でもできる面白いことを考える自由があるうちはまだマシでしょ?」と言われると、そうかもしれないという気もします。その自由を目一杯利用してますかね?反省。
新年度になって給料が大幅に減りました。今日の朝刊一面に国立大学法人の給与削減についての記事が載ってましたが、すでに4月の給与明細を見てびっくりしています。まだ生活が成り立つレベルですから助かります。家族3人であれば何とかなります。一方、ここの大学に来て15年たちましたが、いわゆる校費だけでは研究は成り立たないレベルです。これは15年間ずっと同じです。学部4年生の研究費は年間数千円ですから、外部資金を獲得しないと卒論研究ですら成り立ちません。ある意味、給料の削減よりも深刻です。でも、この研究費の異常な少なさというのは新聞の一面になったりしませんね。むかし、アエラで記事になった京大理学部のある研究室で使われていたワンカップ酒のビーカーくらいのものでしょうか。
国立大学法人の給与削減よりも、卒論のための研究経費が年間数千円ということのほうがニュースバリューが高そうですが如何なものでしょうか。その異常さを国民が認識しないと科学技術立国などは成り立たないと思えます。
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